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2008年08月15日 (金) 01時12分

京都乃鬼さま!(^^)!
お元気そうでなによりです。
また、『体験』をお知らせ戴き、感激しております。

私は皆さまと違い、本当に表現が下手でしばしばお叱りを受けますが、もぅ
ホントに鬼さまといい、愚壮さまといい、いろんな体験をなされている方が
沢山おられるのだなとビックリしながら聞いて(読んで)おります。

自分の体験ともかぶり、同じ匂いがする(若輩な私ですがおこらないで〜〜)
と感じています。

私も18.19歳のあたり京都、奈良、大阪へ架橋をつくる重量鳶の手元で飯場へ
お世話になりました。

同僚の落下死亡事故、おっちゃん達の喧嘩の仲裁、会社のバスで繁華街まで
山から30分の道のりで、スピードを出しすぎて沢に転落したり、チンピラと
喧嘩したり。。。笑い

いっぱいありました。

忘れかけていたことを、、、
僕の原点を改めて 見つめなおす機会となりました。


愚壮さま、こちら(東北北部)はだいぶ涼しくなってきましたが、適度な塩分
摂取で『健康第一』お題目唱えて『安全第一』共々にガンバりましょう!!
※私の弁当はおかずが醤油のお風呂につかっています(笑い)。。。



2008-08-15 21:26:26

わたしの祖母、母は満州からの疎開組でした。祖父は現地で戦死。

乏しい財産も全て没収。
祖母は女手ひとり一男三女の手を引き命からがら逃げ帰り、
戦後、東京の焼け野原で生きるすべを失いかけた祖母だが、
『この子らは、何としても生かしてやりたい』昼な夜な働き通す。

縁する宗教は、何でもやった。
人に言われれば何の仕事でもやり通した。
行商、屋台蕎麦や、一杯飲み屋と
少しずつではあるが、前進したと母は祖母の事を語る。

しかし、女手一つで何とか軌道に乗りかけた矢先、
『ダマされた!』日頃世話になっている仕入先にはめられたのである。

住む所も働く意欲もなく三日三晩、つてをたどり食いつないだ。

『もうダメだ、せめて死ぬ前になにか食べたい、
この子(伯母二人、母、叔父)たちに旨いものを食べさせたい』…

こう、思って一軒の白い堤燈をくぐったのが『座談会会場』であった。
『創価学会』にめぐり合う。

  (※ここでブレイク:母に記憶をたどってもらった所、
   祖母はこの時点で一銭のお金も持ち合わせていなかったようだ。
   無銭飲食するつもりだったとも。。。笑い)

皆、生きる為に必至だった。 
座談会幹部の名前すら覚えていない。最後のあがきで必至につかんだワラだった。
座談会の内容は人間革命に記載されている事とほぼ一緒。周知の通りである。
昭和25年、一家の『入会』であった。 特筆するは母の口から出た言葉。
『入信』ではなく、『創価学会への入会』である… その思いはご想像にお任せです。

   ※白い堤燈 座談会は母も高齢の為、
   Book『人間革命』の時系列とチト合わん 笑い。


そこから人間革命のドラマが始まる。 

しかし現実は厳しい。祖母は一からやり直し。
母ら、子ども達はサツマイモやかぼちゃの色素で肌はまっ黄色
(これはよく聞く話しだが)食える日はまだ良かったと。

次女(伯母)は『姉弟を食わせねば』と“花柳界”へ。
花柳界… などと言う生易しいものではない。いわゆる身売りである。

笑わば笑え!! 
生きるとは… 恥も外見もあるものか。
皆、必至だったと母は続けて語る。

祖母は決して語らなかったがと母はある夜の一コマを漏らす。

就寝中、自分の顔に生暖かいものが落ちる。
薄目を開けると祖母の手が母の首にかかっていた。

幼心にも“みんなで死ぬんだろうな”と思ったそうな。
しかし、心中は『なにも怖くなかった』と。

ただ一つ、必至でご供養し、(当時500円と聞いたが定かではない)
戴いた御本尊さまだけが残るのが気がかりだったとか。

三つ粒・十粒とこぼれ落ちる祖母の涙に、薄ら笑みで『南無妙法蓮華経』と一遍。

今考えても、なぜお題目を唱えたのかはわからないらしい。

しかし、『私(母)は生きている。
人はご本尊さまを鏡というが、私(母)は命そのもの、
命が喋れと命令したと思うようにしている』と語る。

  私は思う。
  境智冥合とでも言うのだろうか。日寛上人の文底秘沈抄には
  「境とは三大秘法の本尊であり、智とは衆生の智恵をいう。
  そして本尊を信じ、唱題するところに境智冥合があり、
  そこに偉大な功徳が生まれる」とある。

  今、話題の「本尊本釈論」に触るつもりは毛頭ないが、
  母に違うといっても聞かないだろう(笑)し、言うつもりもない。
  教義は教義として、体験の色々な考え方があっても、
  強要するのでなければ私は今現在では良いのではないかと思う。 
  もちろん回りの影響も考えながらだが… 
  母に関して、組織への影響はない。答えは未来のみぞ知る。

   (また、叱られそうだなぁ苦笑)

チト脱線しましたが、皆、子どもは生きてます。
一家で学会活動に死にものぐるいで戦い、

次女(伯母)は中国人のローさんという実業家に見初められ
結婚しブラジルのサントスへ。
一男二女を儲け、ブラジル先駆の突破口を開く。
今は亡き祖母の墓参りで数十年前、お会いしました。
ご主人のローさん、従兄妹のヒカロ(光)、ミエ(美恵)、ミキ(美貴)
そして二女(伯母:ヒサコ)
60歳の還暦なのに赤いミニスカートをはいて←(必要ないってアハ笑)
容姿・心とも純信な方でした。
ブラジルSGIにて頑張っている事と思います。
  (残念ながら私は国際派ではなくて交流ありません××
   母が老体に鞭打って連絡を取り合っているみたいです)

祖母、長女(伯母)、三女(母)と東北の祖父の故郷へ戻り、
あえて旧習の地であるド田舎で草創の戦いを開始した。
長男(叔父)はまだ、ぱっとしませんが。。。苦笑
         61年前のきのう14日、

 名誉会長は、軍部権力に抗し、戦い抜いた戸田第2代会長と出会った。

 そして、その教えのままに、仏法を基調とした平和の足跡を世界に刻んだ。

 ロシアとグルジアの軍事衝突に象徴されるように、戦争は今も続いている。

 だからこそ戦争体験の継承等を通して、

 わが胸中に「絶対に譲れない平和の基準」の確立が不可欠だ。

     『名字の言』(抜粋)


私は戦争体験者ではありませんが、せっかく我が家系に体験者がいる。
考えてみれば、あまり家族でこのような事を詳しく語りあった事がなく、
母も高齢なのでこの際、詳しく聞いて紋家の家宝・
我が家系の創価学会の歴史としようと決意させて戴きました。

我が子への信心の血脈として、我が発心の歴史も合わせて相伝したいと思います。

数百年後、数千年後『うちのご先祖様は創価学会仏』なんだとか。。。
かっちょえ〜〜〜 アハ( ^-^)★,。・:・°
バカ丸出しでm(__)m 文章もド下手でm(__)m m(__)m




                  
・・・金糸銀糸の友情寄稿まだまだ続きます

                  

 

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